被爆81年 原爆と人間 写真・絵画展
新しくブログのページを加えました。最初の投稿です。
8月に入ると、広島、長崎の原爆の日、15日の終戦記念日と、太平洋戦争を振り返る日々が続きます。テレビでは戦争関連番組が組まれ、各地で、関連する行事もたくさん行われます。
8月9日は長崎に原爆が落とされた日です。神戸元町の神戸まちづくり会館で開催されている企画展、「被爆81年 原爆と人間 写真・絵画展 -見てください! あの日、きのこ雲の下で起きた地獄絵を!-」を訪ねました。「神戸市原爆被害者の会」が、1998年から毎年開催しています。
原爆の悲惨さを伝える絵や写真60点あまりが展示されていました。その中で特に目を引いたのが、広島市の高校生による33点の絵画です。広島市立基町高等学校が2007年より続けている活動で、同校の生徒が被爆経験者の証言をもとに制作した絵です。同校ホームページによると、これまでに236点の原爆の絵が描かれたようです。その一部が展示されていたのでした。
例えば、全身が赤黒く焼けただれ、前方に突き出した手の先から溶けて剥がれた皮膚が垂れ下がったまま歩く人々の群れ、あるいは、老婆の背で息絶えたこども、足先が失われ、膝から下は骨がむき出しになっています。原爆の残酷さを伝える衝撃的な絵が次から次へと、展示室の壁を埋めていました。それぞれの絵には、制作した生徒さんのコメントと、絵のもとになった被爆体験を語った被爆経験者のコメントが合わせて掲示されていました。
生徒たちは、自身が実際に経験していないのに、被爆直後の地獄のような様子を絵にすることにためらいや戸惑いがあったようですが、被爆経験者の言葉をもとに、不明な点はなんども聞き直し、関連する資料も調べて絵を描き上げています。被爆経験者も粘り強く伝え、生徒たちを励ましているようすが、コメントからわかります。70~80歳の年齢を隔てた被爆経験者と現代の若者が共同で作り上げた、反戦、原爆廃絶を訴える力強い作品です。被爆経験者が、そして戦争経験者がまもなくこの国にいなくなります。その後も、耐えることなく反戦、原爆廃絶を続けるために何ができるか、勇気と指針を与えられたようです。
その夜、「NHKスペシャル 知られざる核危機 ハルペリン文書の警告」を見ました。1958年、広島、長崎に続いて3度目の原爆投下が行われていたかも知れない核戦争の危機を、米国人による報告書や証言をもとに伝えていました。NHKという公共放送がこうした番組を作って放送することに安堵を覚えるとともに、いつまでもそうでなければならないと強く感じました。そして、記録を残すこと、記録を伝え続け、振り返り、取り返しのつかない過ちを起こさないための活動がいかに大切かを再認識しました。
写真は、神戸元町から少し足を伸ばして訪ねた、甲子園球場の様子です。夏の甲子園です。フィールドで躍動する選手たちや、スタンドで応援する生徒たちを見ていると、なぜか熱いものがこみ上げ、汗と一緒にタオルで拭いました。